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<description> （24時間おきに更新中）</description>
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<title>放課後 (講談社文庫)</title>
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<description>ガリレオや容疑者を読んでから・・・という人が今更こんな古い小説を読んで楽しいなど思うわけもないではないか！
この作品が書かれた時代は、まだまだ現在のような「ミステリー」とは違って、
いわゆる「推理小...</description>
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ガリレオや容疑者を読んでから・・・という人が今更こんな古い小説を読んで楽しいなど思うわけもないではないか！
この作品が書かれた時代は、まだまだ現在のような「ミステリー」とは違って、
いわゆる「推理小説」全盛期だった。
殺人トリックの技量と意外性を競い合っていた頃なのである。
その中でこの作品は、本当に驚きであった。
今では意外性もないストーリーかもしれないが、
当時はものすごい衝撃だったのだ。
そして、この数年後から、現在に通じる社会派ミステリーが続々と登場することを思うと、
東野圭吾のこの作品抜きにミステリーは語れない思いである。

この気持ちを分かってくれる乱歩賞ファンはいないのか！
男の性に対する本質をとても感じる作品でした。教師であっても結局は男なんだと読み終わって強く感じました。また女子高生の世界がとても上手に描かれているなと思いました。好奇心の強さや，噂話が大好きなところなど，自分にも覚えがあります。この物語に女子高はピッタリの舞台だったと思います。ケイは今の女子高生の象徴って感じの子でした。見た目には明るくても色々なことを抱えているのだなと思います。女子高生を一度経験したことのある人やお子さんが女子高生の方などは一度読んでみたらいいと思います。
ただこんなにすごいトリックが本当に普通の女子高生に思いつくのかな！？と少し疑問が生じますが。
妻は最後やってくれたなって感じでした。主人公も彼女にひどいことをしたのだから，いつか何かあるだろうと思っていましたが，最後の最後で・・・驚きました。
乱歩賞を受賞できたのでしょう。前年には魔球で最終予選まで残ってますしね。
はっきり言って、文章、トリックともに甘いです。
特に心張り棒のトリックは代替え品など必要ないでしょう。
構成は破綻がなく、主人公の心情もクールに書かれています。
それだけでも見事なものです。東野圭吾さんの作品は大好きで、ほとんど読んでいると思いますが、今まで私のなかに漠然とあった疑問がこの作品を読んで形になりつつあります。この方は女性嫌いか、女性に対して偏見があるのではないでしょうか。いろんな作品に登場する女性が冷たすぎるか、そうでなくても同じ女性として共感を感じないというか現実感のない女性ばかりな気がします。この作品の最終的な加害者も女としての恨みはよくわかります。でも、それを殺意にもっていくのは性急すぎるし気がします。女性というのは情と非情の間を行きつ戻りつ、複雑に生きてます。（人間誰でもそうでしょうが。）そこらへんの匙加減がいまひとつな気がします。ひとつのエピソードで女性を大胆な行動に走らせすぎて、女性の読者として女性の登場人物に感情移入ができないまま不完全燃焼で作品を閉じることがちょっと残念です。 本書は1985年の第31回江戸川乱歩賞受賞作であり、作家東野圭吾の出発点をなす作品である。本賞受賞までの道のりは決して平坦ではなかったそうだ。作品の舞台は私立清華女子高等学校。そこで生じた2件の殺人事件をめぐる学園ドラマが全7章を通じて鮮やかに描かれている。それなりの分量を伴った学位論文を読んでいる感覚だった。緻密なプロットにも感心した。

 とはいえ、単なる「学園ドラマ」という呼称は適切ではない。女子校が舞台であると思って、気楽に眺めていられるのも最初のうちだけだ。私は途中から胸騒ぎというか、大袈裟にいえばやや恐怖感を覚えたほどである。厳格な生徒指導部の教員が校内で毒殺されたというにもかかわらず、大半の生徒が驚くほど「無邪気」であったということもある。内部犯（生徒なのか教員）なのかそれとも外部犯によるものか。しかし俊英な読者は当初から犯人は生徒であることを確信して読み続けたに違いない。最終章の第7章で密室トリックの真の解明を含む、教員と生徒との生々しい（犯行に関わる）問答が繰り広げられる。

 たしかに「トリック」の話は斬新だったし、本章を通じて一気に詰め寄る前島教員（数学教師。20年後の『容疑者Xの献身』に登場する石神も高校の数学教師である）の悲壮感を漂わせた覚悟も十分な臨場感を秘めていた。全体を通じて読み応えがあり、本書は東野圭吾の原点であるという説明も納得がいった。しかし私は、生徒の犯行「動機」にやや落胆の念を隠しきれない。これが本当に殺人を誘発するに足る動機なのかと。「美しいもの、純粋なもの、嘘のないものを奪われた時」に生じるという女子生徒の犯行動機とうまく整合しなかった。衝撃的なラストシーンにも思わず震撼してしまう。途中から妻の言動が伏線として描かれているが、最後にこういう結末を用意していたとは。「爽快感」よりは、むしろ「恐怖感」のほうが強く脳裏に残存した作品であった。

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<title>週刊司馬遼太郎―土方歳三血風録/永遠の竜馬/信長のみち/「功名が辻」の世界 (週刊朝日MOOK)</title>
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<description>週刊朝日の連載記事をたまたま見かけて、買ってみた。

司馬は取材のために全国各地を訪れ、竜馬や信長が通った道を丹念に歩いて、作品のリアリティを構築していった。本書は、その取材の航跡を追いかけるように...</description>
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<![CDATA[
週刊朝日の連載記事をたまたま見かけて、買ってみた。

司馬は取材のために全国各地を訪れ、竜馬や信長が通った道を丹念に歩いて、作品のリアリティを構築していった。本書は、その取材の航跡を追いかけるようにして、司馬作品ゆかりの場所を訪れ、主人公たちの子孫、あるいは司馬が取材をした町の人たちなどを紹介しつつ、司馬がどのように作品を構築していったかを追ったある種のドキュメンタリーである。

本書で取り上げているのは、「燃えよ剣」、「竜馬がゆく」、「国盗り物語」、「巧妙が辻」の４作品。38歳から41歳ごろに同時並行的に執筆された作品群である。このころの作品には瑞々しさと抜けるような明るさとエンターテイメントがあふれていて、筆者はこの時期の司馬がいちばん好きだ。

これら４作のファンの方には、映画でいう「メイキング」を楽しむ感覚で、お勧めできると思う。

週刊朝日に連載中の「週刊司馬遼太郎」の一部シリーズ
が単行本になって登場。特にうれしいのは
雑誌ではモノクロの写真がこちらでは
鮮やかなカラーで蘇っているところだろう。
当時の司馬さんの取材の裏話とかも入っていたりして
司馬ファンには必須の書でもある。また既存の司馬作品
への新しい解釈もされており、一粒で二度、いや三度おいしい
内容になっている。これでこの価格は 「買い」 である。
次回作にも思わず期待してしまうのは私だけではあるまい。
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<title>週刊司馬遼太郎 2 (2) (週刊朝日MOOK)</title>
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<description>司馬遼太郎さんの作品を軸に縦横無尽に広がり、
読者を裏切らない展開はこのVol.2でも顕在。
司馬さん亡き後、生まれては消えていく、幾つもの
司馬さん関連の出版物があふれるなかで、
『週刊司馬遼太郎...</description>
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<![CDATA[
司馬遼太郎さんの作品を軸に縦横無尽に広がり、
読者を裏切らない展開はこのVol.2でも顕在。
司馬さん亡き後、生まれては消えていく、幾つもの
司馬さん関連の出版物があふれるなかで、
『週刊司馬遼太郎』というブランドをこのVol.2で
早くも確立してしまった感がある。
決して二番煎じではない、意義のある
Vol.2である。
サイズ的にも旅行カバンにも入れやすく、
ちょっとした旅のお供にも最適。

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<title>週刊司馬遼太郎 (3) (週刊朝日MOOK) (週刊朝日MOOK)</title>
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<description>週刊司馬遼太郎Vol.Iから愛読しているが、
今回のVol.IIIを手にしてみて、
『司馬遼太郎』の知識、思考の
引き出しの大きさ、多さを再認識させられた。
巻末にある夫人の福田みどりさんのインタビ...</description>
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<![CDATA[
週刊司馬遼太郎Vol.Iから愛読しているが、
今回のVol.IIIを手にしてみて、
『司馬遼太郎』の知識、思考の
引き出しの大きさ、多さを再認識させられた。
巻末にある夫人の福田みどりさんのインタビュー
からは『福田定一』という人物の懐の深さ、
ユーモアのセンスも垣間見ることができる。

表紙の司馬さんの写真が巻を重ねるごとに
大きくなっているのと比例するかのごとく、
Vol.IIIではより一層、原寸大の『司馬遼太郎』
に触れることができる、うれしい一冊になっている。

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<title>漱石文明論集 (岩波文庫)</title>
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<description>その生涯を通して、ひたすら「個人とは何か」という事を問い続けた漱石の、代表的な講演と評論が収められています。

いずれの講演にも、その中核にあるのは「独立した個人としての人間」のありようという点です...</description>
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その生涯を通して、ひたすら「個人とは何か」という事を問い続けた漱石の、代表的な講演と評論が収められています。

いずれの講演にも、その中核にあるのは「独立した個人としての人間」のありようという点です。目まぐるしく日々発展していく明治の日本において、人はいかに流されず、一個の人格として独立していられるか・・・自らの経験と思索に裏付けられた確固とした「個人主義」をバックボーンに、漱石は聴衆に向けて「自分の納得するまで自分の道を追求なさい」と語りかけるのです。

そしてこれら漱石の肉声による語りかけは、明治から年号を三度も変えた平成の世の中にあっても一切その力強さを弱めません。むしろ「人の生き方」というものにがっちりと形を与えられ、それに従って生きていくしか他に選択肢が無いように見える今の世の中にあっては、漱石のこの肉声はより生き生きと心に響くのではないかと、私は思います。大正の学習院を会場として行われた講演（＝「私の個人主義」）における漱石の肉声は、時間と空間を越えて読む者に直接届く事でしょう。実は小説よりも好きかもしれない。特に好きなのは明治三十四年三月二十一日の日記。「未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼する勿れ。真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となって現はるべし。」すごい。日記とは思えない。日記ってとても個人的なことを綴るものだから、これが漱石の素顔なんだと思う。作家として、人としての誠実さに感動する。「今までは全く他人本位で、根のない萍のように、そこいらをでたらめに漂よっていたから、駄目であったという事にようやく気がついたのです。」このことに気付いた漱石はこの後大変”強くなった”と語っています。他人には気付かれない自分の中の煩悶に悩み、苦しみ続け、葛藤の末にたどり着いた彼の境地。これから社会へ出る人にぜひ勧めたい一冊です。 明治時代の大インテリ（政府から派遣されて留学したのはご存知の通り）である漱石が、「文明開化」に対する抵抗感などを語っている。漱石の生きた時代、次々に輸入されてくる文化によって、人々は否応なしに急激な変化の波に呑み込まれた。漱石は、これから先、この変化のスピードはどんどん早くなり、生きにくい世の中にますますなっていくだろうと語る。これを読み、今の時代の忙しなさは、明治時代と地続きであることを知った。「私の個人主義」なども収録されている。 主に、「漱石の講演」が収められているため、読みやすい。
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<title>村上春樹 イエローページ〈2〉 (幻冬舎文庫)</title>
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<description> イエローページ1と同様この本も村上春樹の小説の解釈を行っている．個人的に一番面白かったのはノルウェイの森についての箇所．
 ノルウェイの森は素晴しい小説だと思う．村上春樹というよりは今まで呼んだ作...</description>
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 イエローページ1と同様この本も村上春樹の小説の解釈を行っている．個人的に一番面白かったのはノルウェイの森についての箇所．
 ノルウェイの森は素晴しい小説だと思う．村上春樹というよりは今まで呼んだ作品の中でもトップクラスの衝撃を与えてくれた．だが「この小説の何処が良い」と聞かれた時に上手く答えることは出来なかった．感じたことをそのまま言葉に出来ないことを幾度も歯がゆく思ったものだ．
 それをこの本はさらっと代弁してくれた．ノルウェイの森が与えてくれた感動の源泉，それをたったの数行で・・・それだけでもこの本は読む価値があった．文庫化に際して加えられた著者による「あとがき」が面白い。『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる井戸の解釈をとおして１９９５年に村上春樹が言い出した「デタッチメントからコミットメントへ」の真の意味がつかみ取られていて、単行本を読んだときに少し残ったフラストレーションが、すっきり解消された。また、内田樹氏による文庫版の解説も出色。なぜ村上作品が世界中で読まれているのか、そして、にもかかわらず日本の評論家のほとんどが彼の評価を避けているのか、について書かれていて、「イエローページの解説」という域を超え、それ自体が独立した「村上論」として読める。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/07/4903951006.html">
<title>村上春樹にご用心</title>
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<description>本書は、「村上春樹がノーベル文学賞を受賞していたら新聞に掲載されるはずだった文章」とあとがき以外、
すべて内田さんの人気ブログ「内田樹の研究室」の文章の採録なので、日々内田さんのブログを閲覧している...</description>
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本書は、「村上春樹がノーベル文学賞を受賞していたら新聞に掲載されるはずだった文章」とあとがき以外、
すべて内田さんの人気ブログ「内田樹の研究室」の文章の採録なので、日々内田さんのブログを閲覧している
人には取立てて新しい発見はないと思います。

むしろ、この本は既存の内田ファンではなく、「内田樹を読んだことがない村上春樹ファン」の人に読んで
みてもらいたいです。
今までの村上春樹評論とはまた異なった解釈がなされています。

この本で秀逸なのは「村上文学の世界性について」の章。
村上作品には「父」が登場しないんです。
知ってました？
その「父」とは、一家の大黒柱と呼ばれたり、思春期の娘に疎まれたりする、要するに「親父」のことではありません。
親父が出てこない小説にも「父」は現前します。普通はね。

しかし、村上春樹の小説にはその「父」が登場しない。
内田先生は、そこに村上作品が世界的なポピュラリティーを獲得した理由を求めます。

「何？その『父』って」と気になってくるでしょ？
そんな人は、今すぐ「ショッピングカートに入れる」をクリック！！ブログに書かれた文章を一冊にしたものだということで
一読すると、とりとめの無い印象。
とはいえ、あまり正当な（失礼！）論評では見られない
（私にとっては）斬新な村上春樹論は極めて興味深かった。

 批評が、その本を手に取らせるものであるとしたら
十分に成功しているであろう。
内田さんの村上さんへの強烈ラブレターである。
出だしが幻には終わったがノーベル文学賞を受賞した暁に出るはずの新聞社への原稿。
自分自身、村上さんの本は書棚にあるが果たして読んだのか読んでないのか記憶が無い。でもこの本は村上本を読んで無くても日本の文学界や日本の文壇と呼ばれる業界が垣間見える。日本で評価されないが世界で評価される村上文学の理由である。翻訳家でもある（最近は養老さんにべた褒めされる内田さんでもあるが）内田さんが、これでもかと言う位に村上文学を咀嚼翻訳しているのである。例えばこんな文章であろう。
世の中には「誰かがやらなくてはならないのら、私がやる」というふうに考える人と、「誰かがやらなくてはならないんだから、誰かがやるだろう」というふうに考える人の二種類がいる。 村上春樹は前者なんだと言う。それが「雪かきをする人」なのだ。この文章は内田さんのブログ2005 12.27で読める。その他、倍音からの村上春樹論も凄い。ちなみに内田さんのブログを真剣に読んでいれば本書は読まなくても理解できるのであろう。その辺はご自身も指摘しているところである。「なぜハルキ・ムラカミは、世界中で読まれてるんですか？」との問いに、内田先生はいつもの鋭くも愛情に満ちた思いを繰り返し述べていきます。そうなのです。内田先生のこのご本は、大好きな小説家・村上春樹さんへの愛情に満ちた、公開ファン・レターだったのです。 

とはいえ、ぼくだって、村上さんの小説やエッセイを尽く愛する読者であるわけで、内田先生よりもぼくのほうが村上さんの小説やエッセイを愛していない、愛情が少ない、などとは誰にも言えないわけです。すなわち、ぼくだって内田さんと等しく、村上さんの小説はこの「ぼく」に向けて書かれていると、そう誤読してやまない、幸せな村上ファンのひとりなのです。 

やっかいなのは、ぼくは内田先生のことも、村上さんへの愛情と同じ程度に、大好きだということです。言葉は違えど、雪かき仕事の大切さを知っているという点で、内田先生の数々の著書も世界中で読まれてしかるべきだと、そのように思っている一読者なわけです。 

「うなぎくん、小説を救う」という文章は、そのなかでも、いちばん楽しく読みました。柴田元幸編訳『柴田元幸と9人の作家たち』（アルク、2004年）に収録された、柴田・村上対談の席上で、村上さんがく「うなぎ説」を扱ったものです。小説を書くうえで重要なものは、うなぎなのだ、という説です。つまり、小説には作者と読者のほかに、もうひとり別の第三者が必要なのだ、それが「うなぎ」、あるいはうなぎなるものだというわけです。とっても、興味深い説ですね。 

あとがきの最後に、内田先生は村上さんにむかって謝辞を述べ、「もっともっと書き続けてくださいね」と結んでいます。ほんとうに、その通りなのです。村上さん、もっともっと書き続けてくださいね。ぼくは、はやく長編が読みたいです。 

そしてぼくは、内田先生にも「もっともっと書き続けてくださいね」と述べたいのです。 入試問題によく使われている内田氏の文章ですが、

『村上文学における「朝ご飯」の物語論的機能』（Ｐ１２５）

を中学生に対して、小説における心情描写について説明する時に

プリントして使わせてもらいました。


内田氏は（村上春樹を否定する）蓮實重彦氏をボロクソにこき下ろしていますが、

『ふるさとは遠きにありて思ふもの』（Ｐ２２７）

における家族論を読むと、蓮實重彦の小津安二郎に関する評論と通じるものがあると

感じました。

テレビドラマ『北の国から』を引用しながら、非常に感動的な家族論になっていると

思います。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/08/4344408225.html">
<title>村上春樹 イエローページ〈1〉 (幻冬舎文庫)</title>
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<description>この読解本を読み終えた後では、村上さんの作品が自分の中で「小説」ではなく「思想書」に近い雰囲気を帯びてきているのを感じます。読んでみれば分かりますが、どの内容も単なる「こじ付け」や「都合のいい解釈」...</description>
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<![CDATA[
この読解本を読み終えた後では、村上さんの作品が自分の中で「小説」ではなく「思想書」に近い雰囲気を帯びてきているのを感じます。読んでみれば分かりますが、どの内容も単なる「こじ付け」や「都合のいい解釈」ではないのは、加藤氏はじめゼミ生数十名による集団的批評による評論精度の向上の結果の賜物でしょう。本当にお疲れ様です。村上作品に対する自分の持つイメージを大切にする方もおられるでしょうが、真実を知りたければ本書を手に取ることを強くお勧めします。少なくとも僕は既成の見解を打ち壊され、激しいショックを受けました。「漠然と小説を読む」という行為は、村上春樹にはもったいない。読む＝理解ではないこと、小説は一生楽しい玩具箱であることを教えてくれたこの本に感謝します。 元来，にとって正しい解釈というのはあるのだろうか．国語の問題ではあるまいし「このとき作者は何を考えていたか」などと問いを考える必要は無い．読み方は自由だ．ましてや村上春樹のような作家の小説に解析など野暮なだけではないか？
 このように考えていたがこの本はそれなりに楽しませてくれる．書いてあることにはそれなりの整合性があり，かつ通常では気がつかないようなところまで教えてくれる．全てに同意するかどうかはともかく，ひとつの物語の解釈としては楽しませてくれる本だ．村上春樹の作品は、一部ファンタジーものを除き、どれも読み易く。ついついサラリと読み流してしまいがちだった。暇つぶしに読み返す事はあっても、読後あらためて考え込んだりする事は無かった。

そんな僕にとって本書の読解は、新鮮な驚きを与えた。
とくに親友「鼠ねずみ」の存在に迫るあたりは…。

第一巻の本書は『風の歌〜』『ピンボール』『羊をめぐる〜』
『世界の終わり〜』79〜85年までの４作を読解している。それぞれ作品ごとの独立した個別評論というよりも、横断的に個々の作品をつなげて論じている。だからこの４作以外にも『ノルウェイ〜』の直子の言及とかも関連して度々でてくる。総合的な分析といえる。

作者は大学にゼミを持つ教授で、どうやら複数の書き手がいるみたい。短文コラムが所々に出てくる。学生たちの共同作業をまとめた様だ。途中で村上龍がポップアートについて語る文章が引用されたり。
コッポラ『地獄の黙示録』との関連を書いたり。タイムテーブルを作って、時系列に分析してみたり。あの配電盤の暗示は？とか春樹作品における音楽レコードの役割は？とか結構本格的に分析してる。

確かに少し難しい所もあるが、全体的にカラフルな内容だ。

巻末解説者の竹田氏は、作者の同僚で、ハイデガーなどの著作をもつ哲学者だ。なのでけっこう本格的な学者が書いた読解本となっている。軽いエッセー・ガイドブック的なノリは無い。
PS●本作者・加藤典洋の『日本の無思想』は、タテマエとホンネの言及が、面白かった。
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<title>「三島由紀夫」とはなにものだったのか (新潮文庫)</title>
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<description> 橋本治と三島由紀夫の意外な組み合わせに興味本位で手にしたが、橋本が三島の生涯と作品に本格的に格闘しており、読み終えた今充実感を覚えている。これまでに読んだ橋本の本では、饒舌体でシニカルな文章に馴染...</description>
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 橋本治と三島由紀夫の意外な組み合わせに興味本位で手にしたが、橋本が三島の生涯と作品に本格的に格闘しており、読み終えた今充実感を覚えている。これまでに読んだ橋本の本では、饒舌体でシニカルな文章に馴染めず読み通すことが少なかった。これに反し本書は、三島の主要作品（遺作となった「豊饒の海」4部作、才気溢れる20代の「仮面の告白」と「禁色」、不振の30代の「金閣寺」）を丁寧に読み込み分析し、合わせて執筆時点の三島の内面に真摯に向き合っていて、晦渋ながら一気に読み通した。
 といっても、全編いたるところに橋本流の独自性は健在である。本書の主論をなす「同性愛を書かない作家」と「女との恋愛の拒絶」は、類書にはないユニークな視点だ。また、三島の知性の構造を天動説に例え、他人に託した私小説作家との指摘は興味深かった。
 これまで40年近くモヤモヤしていた三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での自決に到った背景が、本書によってようやく分かった気がする。




 三島文学賛美者の多かった生前から、その奇異な晩年・おぞましい自決後の乖離という時代も終わり、三十有余年を経て歴史の領域に埋没した平成の今、本書は時宜を得た出版である。 
「豊饒の海」「金閣寺」を中心とした前編は作品論、後編は「仮面の告白」を挙げながら「同性愛を書かない作家」とみなしたり、「女」という方法を用いて「女は拒否する」男の彷徨が語られる。 

 著者の結論は三島由紀夫をもてあまして「なにものであってもかまわない」（３２７頁）かもしれない。多彩な執筆活動はするが本格的三島文学研究者とは思われない。しかし、この人特有の鋭い指摘には耳を貸さねばなるまい。それは三島由紀夫の訴えたものに我々は応ええているかという問いである。三島の問いを著者が重ねて問うている、そのことを読者は受けとめねばならない。 

 三島由紀夫が生きていた時代、そこにいた人達は、三島由紀夫にどう応えたのか？ 果たして、その訴えに応ええたのか。三島由紀夫は、「友」を求めて、「男」となったのである。 
（３２８頁） 

「友」とは呼びかけに応えるものである。その時は言うまでもなく、三十有余年を経た２１世紀生存者（生き残り？）が応えねばならない課題がある。三島由紀夫は死んで久しい？ そんなことはない。輪廻転生を信じていた三島由紀夫は「風」なんかになっていない。何かに何者かになって【心ある友】を求めて再来しているにちがいない。   
天才による文豪の解剖。そんな副題がピッタリなのかもしれない。
とにかく、すこぶる面白い本だった。
“「大人の男」になりたかった/なれなかった/なることを許されなかった人”が三島由紀夫という人なのであり、そのために「豊穣の海」を発表した後に死ななくてはならなかったのだ、というのが橋本治の出した結論である。「豊穣の海」と自分の文学的才能の限界が自殺の原因だという議論は以前より「日本人の死生観」などの本でも取り上げられた視点であるが、“他人に恋をすることが不能な、大人になることを禁止された人”という視点を導入したのは橋本治ならではということになるのだろう。
太宰治を嫌いつつもその文学を認めるが松本清張の文学を認めなかったのが三島由紀夫であったのだそうだ。その太宰も三島も40代で自殺している。彼等があのままの文学を続けていたらどうなっていたのか？果たして60代70代になってもあのような小説が書けたのだろうか？それは丁度、尾崎豊は10代から20代前半でしかあのような歌を歌えないだろうし30代以降の尾崎は考えられないだろうというのに似ているような気がする。小林秀雄賞を受賞した時から気になっていたんですけど、購入したのはつい最近。
今までに読んだことのある三島作品は「仮面の告白」「禁色」（←途中で放棄）「金閣寺」と、一連の「豊穣の海」作品も「春の雪」ぐらいなので、偉そうなことはいえないのですが（しかも高校生の時なので十ウン年前ですよ…）
でもあの時に感じた違和感（何かヤだな〜、キモチ悪いな〜って感じたんですよ）の正体がこれほどハッキリと説明される日がくるとは思ってもみませんでした！正に眼からウロコ！
あの時は「私が女でホモじゃないからダメなのかなぁ〜」って漠然と思ったんですけど、違いますね。これは。
同時に「禁色」がどうしても読めなくなって放棄した理由もわかりました。

でだしの「アポロ像」のとこから、最後まで全くこちらを飽きさせない展開はまさに圧巻。なにより橋本治の明晰さに圧倒されます。
わざわざ難しい言葉を使うでも無く、整然とした語り口で解体されていく三島像には驚かされます。

特に松本清張とのエピソード、これまでは「三島ってすごい選民思想だったんだんなぁ。」って、思っただけだったんですけど、これは、納得です。
また、祖母/実母との関係は三島本人、または周辺が語ってきた関係とは別の解釈が展開されていますが、これも、こちらの方が納得できる感じがします。
 （後書きがまた深いです。色々考えさせられます。これはある意味終わらない問題なのでしょうね…三島は私の祖父母世代、橋本治は母と同年代、世代間の問題もあるような気がします。その時代を生きた人にしかわからないというような…）
いままで生理的に受け付けないという理由で、読んでこなかった三島作品をもう一度読んでみようかな、という気になりました。
あ、でも「サド侯爵夫人」の舞台の方がもっと見たいかも…

この本は素晴らしい。橋本治らしい丁寧で粘り腰で且つ人間への温かいまなざしが感じられる本だ。まるで刑事コロンボの如く、三島の残した作品をテクストとしてあれこれ推理していく。読みながらドキドキワクワクしてしまった。

何せ僕が読んだ三島は「金閣寺」しかない。「潮騒」は百恵・友和コンビの映画に先だってあらすじ紹介が何かの雑誌に載り、それを読んで本を読んだ気になってしまった。焚き火を間に置いて海女の百恵が褌姿の友和に「わしを抱きたかったら飛んで来い！」というシーン、これを「明星」だか「平凡」だかのグラビアで観たのだが、映画も観たことないのに今でも妙に印象に残っている。

これだけ見事に原点テクストを読んでいないにも関わらず、この本自体がおもしろのは、橋本が自身の経験や感情の揺さぶられを基に非常に精密な読解をしているからだ。そしてそれは橋本の真摯さに由来していると思う。真摯な人間が、別の真摯な人間だった三島にがっぷり四つで向き合う。なんとすばらしい友情だろう。

橋本は時に三島をこれほど寂しい生き方はない、とか、自分だったらそういう生き方は選択しないとか、ひどく突き放したりもするが、「私は、この文章を書く三島由紀夫を、真の意味で『美しい』と思う。（中略）三島由紀夫はその最後、《ほかの者が決してあなたの戸を叩きに来ることなどありません。》という、自身に関わる"事実"を認めてしまったのである。これ以上のつらさはないだろう。（P.243)」と書く限りない愛惜に僕は橋本の深い人間性をみる。

橋本の粘りッこい、ひたすら真摯なる読解は、人間というものを皮相に判断すべきではないという謙虚さの発動だろう。僕も、人に接するにそうありたいと願う。

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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/10/4087495760.html">
<title>遠き落日〈上〉 (集英社文庫)</title>
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<description>笑える所 イライラする所 感動する所

総じてずっと心配しながら読んでました。
特にお金の使い方に。
論文の発表に

この本を読んで本が好きになりました。上下巻一気に読みました。いや、凄い。野口英世...</description>
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笑える所 イライラする所 感動する所

総じてずっと心配しながら読んでました。
特にお金の使い方に。
論文の発表に

この本を読んで本が好きになりました。上下巻一気に読みました。いや、凄い。野口英世は、本当に凄い。強烈な個性と、信じがたい努力。こんな人が日本にいたとは知らなかった。言葉では言えないくらい、感動した。野口英世は実に実に凄い。波乱に満ちた人生である。猪苗代から医者を目指して上京し、
さらに学者となるために、ほとんどアテのないアメリカに単身渡米し、
苦難を乗り越えて世界的な学者となっていく。
今の我々に彼のような生き方ができるであろうか。

自分の故郷、さらには日本の医学界に見切りをつけて無謀ともいえる
アメリカでの彼の生き方は我々に勇気を与えてくれる。

若い人にとって、この本は勇気を与えてくれるものだと信じる。
日本でダメなら世界があることを教えてくれる。日本国民はこれほどでたらめな人物がお札になって、毎日その顔を見ていることを知っているのだろうか。周囲の人たちから借金しまくり、郷里の友人が無理して作ってくれた金までも遊興で使ってしまう。結婚の約束で借りた留学費用さえも使い果たし、婚約者を平気で捨てる。最初からそのつもりだったのだろう。これほどの人物なのだから、不遇のうちに死んでも天罰だし当然だとさえ思う。

しかし努力と集中力も並みはずれていた。この美点だけをとってみれば典型的な東北人である。また野口は農民の出身だが、維新後間もない会津若松で学んだこともあり、おそらく会津武士道の影響を受けているのだと思う。恩師のフレキシナー博士は野口の狂人的な仕事ぶりを評して、「何か宗教的な背景があるのだろう」と語っている。

最初は、野口のあまりのでたらめぶりに憤慨しながら読み進めていった。高峰博士のようなニューヨーク在住の良識ある日本人たちが、野口を避けたのは当然のことだった。しかし野口が次第に追い詰められていく様子に、いつしか同情している自分に気がついた。ガーナで亡くなる少し前、研究に疲れた野口が、「おっかあ、あさりの味噌汁が食いてえ」とつぶやく場面では思わず泣いてしまった。野口は彼の人生をまっすぐに駆け抜けて、去っていったのだと思う。読後、ほんのちょっぴり彼のことが好きになれた。いい就職先が見つからず悩んでいるフリーターの青年たちに読むように薦めたい。恋愛小説で名を成した渡辺氏であるが、個人的には氏の医学小説が好きである。渡辺氏は、真に医学を志しながらも、日本初の心臓移植の闇の部分を告発して医学の世界を去ったという過去を持っている。そして、彼の医学小説には青春を賭けた医学への思いが込められている。
この小説は、虚像に満ちた野口英世を、極めて人間臭い破天荒な人物として描き直したことで、大きな影響を与えた。
そして、偉人から、欠点が多い天才としてとらえ直すことによって、野口の魅力は増したと思う。
しかし、これはあくまで小説である。野口英世には、あまりにも常識破りの面があることは事実であるが、本書ではそれが誇張され過ぎているのも事実である。
私は野口に興味を持ち、定評のある伝記であるIsabel Plessetの、Noguchi and His Patronsを読んだ。Plesset氏の調査によれば、野口にはかなり常識的な面も多くあり、渡辺氏の描く野口は、やや偏っていると思う。
また、野口の医学的業績については、何人かの人々によって再評価されている。そのことも、野口を理解するには大切なことである。
このような欠点はあっても、渡辺氏の小説によって、野口英世が新しい命を持ってよみがえったことは事実である。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/11/4087204618.html">
<title>宮澤賢治あるサラリーマンの生と死 (集英社新書 461F) (集英社新書 461F)</title>
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<description>私も出身が花巻市ですので、宮沢賢治には興味があり
本のタイトルの「サラリーマン」の部分でつい購入してしまいました。

賢治がセールスマンとして仕事に打ち込む姿は
今の自分と照らし合わせることができ、...</description>
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私も出身が花巻市ですので、宮沢賢治には興味があり
本のタイトルの「サラリーマン」の部分でつい購入してしまいました。

賢治がセールスマンとして仕事に打ち込む姿は
今の自分と照らし合わせることができ、
参考になる部分も多々ありました。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/12/4167557010.html">
<title>妊娠カレンダー (文春文庫)</title>
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<description>妊娠した姉のために 

くつくつ 

とグレープフルーツを煮込み 
ジャムを作っている、わたし。 


姉はその鍋を抱えるようにして 
スプーンですくって食べ尽くす。 


「アメリカ酸のグレープフ...</description>
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妊娠した姉のために 

くつくつ 

とグレープフルーツを煮込み 
ジャムを作っている、わたし。 


姉はその鍋を抱えるようにして 
スプーンですくって食べ尽くす。 


「アメリカ酸のグレープフルーツには 
強力な毒薬が使われており 
染色体をも破壊する」 


ふと目にした広告。 


その毒は胎児の染色体も破壊するのかしら 


だからわたしはせっせと 
姉にグレープフルーツを食べさせる。 



精神のバランスを欠いている姉と 
フツーであるようで 
やはり何かが損なわれている、わたし。 

その二人を結びつけているのが 
食べモノだ。 


小川洋子氏の食べモノの表現は 
とてもグロテスクで 
身体の内部を彷彿させる。 

さるきちが口にしたものもね、 

ぬめっとした腸や、 
柔らかい皮が張った胃や、 
きゅっと締まった卵巣といった、 
臓器へと変容するのだなあ 

と、想像することができる。 


さらに、 

食べ物は 
単に身体を形成するだけでなく、 
精神にも深く寄与しているのだと、 

考えさせられる。 


摂食障害で 

時に食べモノが敵となり、 
食事が苦痛となっている 

さるきちにとっては、 

彼女の作品て、 
何かココロにひっかかるモノがあるのよね。 


どうして破綻を期したのが 
「食」なんだろう… 


ちょっぴりミステリアスな短編です。 
本書には、他にも 
「ドミトリイ」「給食室と雨のプール」が 
おさめられています。 芥川賞受賞作となった「妊娠カレンダー」。妊娠をきっかけに、刻一刻と変貌を遂げ、どんどん知らない人になっていく姉に戸惑う妹。やがてアメリカ産グレープフルーツジャムを作り続けることにより、周囲を振り回し続ける姉に密かな抵抗の手段を見い出す。「悪意」と言うよりは、ふとしたきっかけで、暗い考えにとらわれる、そのハードルのあっけなさみたいなものを書こうとしたのだろうか?「夕暮れの給食室と雨のプール」。婚約者との同居生活が始まる前の、細々した生活の準備の様子を書いても書いても、見事に生活臭がしないところがさすが、小川洋子(笑)。こういうノスタルジックな日常からファンタジーに迷いこんでしまう…というのも彼女の基軸の一つ。「博士の〜」や「ミーナ〜」もこの路線かな?しかし、私は作者の真骨頂は「ドミトリイ」だと思う。この頃すでに、短編集「海」の「バタフライ和文タイプ事務所」に匹敵する完成度のものを書いていることに驚かされた。読んでほんわかしたいい気持ちになるのは、「博士〜」や「ミーナ〜」だろうけれど、ザ・小川洋子なのは「バタフライ和文タイプ事務所」や「ドミトリイ」のような作品だと思う。『妊娠カレンダー』です。表題作の他に、『ドミトリイ』『夕暮れの給食室と雨のプール』を収録した短編集です。
表題作は芥川賞を受賞していますが……作者の小川洋子といえば代表作は『博士の愛した数式』でしょう。『ドミトリイ』の中には数式を駆使する数学科の大学生がいたりして、ちょっと興味深いです。

三作に共通しているのは、けっこうダークな作風であることと、食べ物が作品の中心に描かれていることです。
偽装とか薬物混入とか、食の安全がわからない昨今の中で読むと、更に面白さが増しそうです。

どの作品も純粋に面白いです。文章は読みやすいし、純文学なんだけど、どの方向性に向かっているのか分かりやすいし、主人公の心理も分かりやすいです。ちょっとホラーっぽくもあり、謎解きっぽい要素もあったり、面白いです。
 いかにも芥川賞受賞作といった類の純文学作品。同居生活を送っている「私」と姉、
姉の夫という三人の生活がこの作品の主な舞台となっている。
 妊娠してからというもの、「私」の姉はどんどんヒステリックになり、美しかった肢体
には肉がつき、二重顎にたるみ始めた･･･「私」から見た「私」の姉や姉の夫の言動をひた
すらに描写し続け、「私」の些細な感情の揺れはいちいち描かれないまま、しばらく物語は
進行していく。一人称で描かれているが、中心に据えられているのは姉だ。
しかし、「私」がアルバイト先のスーパーでグレープフルーツを貰ってきたあたりから、
「私」の意図が見え隠れし始める。それはグレープフルーツでジャムを作り、姉に食べさ
せ続けること。昔、米国産のそれについて叩き込まれたある記憶が「私」にそうさせた。
なぜそのような行動に出るのか？ 人間が隠そうとする、あるいは気づきたくない負の
感情のうちの一つがそうさせているのだろうと予想はつくが、何とも言えず不気味な妹
なのだ。姉が産んだ赤ん坊を見に行く「私」は、いったい何を見ることを期待しているの
だろう？
 小川さん独特の手法にかかれば、ありふれた日常もホラー的な要素満載である。本作に納められている短編３篇とも、現実世界の「ねじれ」から見える風景を表現している。物語の設定はすべてどこにもありそうな話しである。それこそ僕達の住んでいる地方にもありそうな話である。でもその何処にでも「ありそうな話」が何処にもない不思議な話なのである。それは作者の目線がちょっとズレたところにあるからかも知れない。古い産婦人科、学生寮、給食室。何処にでもあるが、ちゃんと見ていないと見逃してしまう、その独特の場所から現実世界では感じられない「ねじれ」を作者は我々に見せてくれるのである。
ところどころに、作者の後から発表された作品の萌芽を感じることが出来るのも読書の楽しみを増やしてくれる。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/13/4480020810.html">
<title>芥川龍之介全集〈1〉 (ちくま文庫)</title>
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<description> まず芥川龍之介は全で読むべき作家です。それは作品の大半が短編で、その創作内容が広いためです。純文学、時代小説もの、王朝もの、切支丹もの、明治もの、児童小説など挙げればきりがありません。そして純文学...</description>
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 まず芥川龍之介は全で読むべき作家です。それは作品の大半が短編で、その創作内容が広いためです。純文学、時代小説もの、王朝もの、切支丹もの、明治もの、児童小説など挙げればきりがありません。そして純文学の正道を歩みつつ、ここまでレトリックを駆使する作家も珍しい。多彩かつここまで楽しませてくれる作家もそうはいないと思います。短編集で満足するには惜しすぎる作家なのです。  しかし一般読者にずっと愛されたのに反し、人間の苦悩を好む戦前文壇では永く無視されてきました。短編中心で、ラストの落ちで読者をあっと言わせるような話の書き手である以上合いが悪かったのだと思います。話の大半は最後が幻想文学的で、通常の内容では結末がつけられないと本人が言っている程です。 この全集の年代順に読んでいくと作品の傾向などの変化が感じられて良いです。第一巻ではシニカルで皮肉的な「MENSURA ZOILI」が一番お気に入りです。どうぞ一度全集を通して読んでみて下さい。きっと気に入る話が見つかります。年代順がバラバラなこともありますが、芥川龍之介の年代順に並べたものです。この本の評価できるところは、左側に語注が常にあるということです。新潮等だと後に語注があるのですが、いちいち確認するのは面倒くさい。ハードカバーは高くて嫌という方にはオススメの本です。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/14/4003190025.html">
<title>漱石日記 (岩波文庫)</title>
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<description>英国、天皇家、家庭をときにイラつきながらぶった切る、公開を前提としては絶対に書かれえなかった漱石の息遣いが見事に伝わってきます。100年以上前の漱石のスタンスは現代でも十分に通用する奥行きのあるもの...</description>
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英国、天皇家、家庭をときにイラつきながらぶった切る、公開を前提としては絶対に書かれえなかった漱石の息遣いが見事に伝わってきます。100年以上前の漱石のスタンスは現代でも十分に通用する奥行きのあるものといえるでしょう。文庫ということで学生や昔の文学青年向けかもしれませんが読む価値の十分ある優れた本です。漱石のイギリス留学時の生活がどのようなものであったのか興味があったので本書を買いました。まず感想は、買ってよかったです。文章は非常に簡潔です。要点だけしか話さないといった調子ですが、とにかく表現力がすばらしく、まるで詩のような感じでテンポよく読めます。あの独特の口調は、ユーモアさえ感じさせ、時に笑いを誘います。例えば、明治３４年の４月２４日のロンドン滞在中の日記では、「朝、散歩帰る。ペンがしゃべりだした。ペンのしゃべる時は家のものがおらぬ時なり。十五分ばかりのべつ立て続けに話すが何をいうやらさっぱりわからぬ。」とあり、漱石が、下町なまりのひどい、女中の英語に悪戦苦闘している様子が目に浮かぶようで、思わず微笑んでしまいます。ペンとは下宿先の気の良い女中のことで、彼女は漱石の言うことが聞き取れないと、I beg your perdon?を連発し、それがbedge pardon（ベッジーパードン）と聞こえたことから、漱石が使っていたあだ名です。他にも『それから』日記など、全部で７編の日記が収録されています。漱石の交友関係の広さや、心情などもよく表れていて、面白いです。文庫版では本作品のすべては収録できず、実際には岩波版『漱石全集』１３巻にて８４０ページにも及ぶ大部だそうで、こちらも今度、図書館に行って調べてみたいと思います。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/15/4167208024.html">
<title>漱石の思い出 (文春文庫)</title>
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<description>”実家に帰れ”、”離縁する”。腹立ち紛れに時に暴力をふるう夫と、静かにしかし頑固に居直る妻。漱石にとって鏡子夫人は、憎らしくも頼もしい、肝っ玉かあさんだったのかな。出て行けと叫びながら、７人もこども...</description>
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”実家に帰れ”、”離縁する”。腹立ち紛れに時に暴力をふるう夫と、静かにしかし頑固に居直る妻。漱石にとって鏡子夫人は、憎らしくも頼もしい、肝っ玉かあさんだったのかな。出て行けと叫びながら、７人もこどもをもうけた夫。原稿料を横取りするも、漱石の信奉者たちの借金に応じ、世話を焼き、決して夫に恥をかかせなかった妻。生まれも育ちもよい上品なインテリ夫婦のわりには、庶民的な派手な喧嘩もあり。森茉莉えがく鴎外の家庭と比較すると、面白い。やっぱり、らしいなと納得。文豪・夏目漱石。彼の、夫としての顔、父親としての顔、そして
人間としての顔はどうだったのか？妻の夏目鏡子さんが語り、
長女筆子さんの夫である松岡譲さんが文章にまとめた作品。 

誰よりも一番身近にいた人だからこそ語れる漱石の日常。作家と
してではなく、一人の人間としての姿が鮮やかに描かれている。
精神的な病や胃病に悩みながらの作家生活、夫としての顔、父親と
しての顔、そして漱石を慕う多くの人たちとの交流など、どの話も
興味深いものばかりだった。そこには人間臭い漱石がいる。気難しく
怒りっぽい人だとばかり思っていたが、温かく思いやりがあり、細かい
ところに心配りをする繊細な一面もあったのだ。漱石の死因は胃潰瘍だが、
現代の医学ならそれが原因で命を落とすことはないだろうと言われている。
早すぎる死がとても残念でならない。作家の妻が家庭での夫の姿を率直に語るとき、それはしばしば夫の崇拝者たちを驚愕させ、怒らせる。
（30年ほど前、高橋たか子さんが『高橋和巳の思い出』を上梓したときもそうだった）
この『漱石の思い出』も発表当時は賛否両論、随分かまびすしかったらしい。
偉大な文学者のすべてが家庭で困った姿を見せるとは限らないが、ある意味での心の深さ、
闇といったものを抱えていないと、優れた文学は生み出せないものかもしれない。

この『漱石の思い出』には鏡子夫人の見た漱石の姿が、ときには赤裸々に、ときには愛情をこめて極めて率直に綴られている。
漱石の生い立ち、交友関係、修善寺の大患の顛末など、いずれも夫人でなければ語れなかった貴重な証言が多い。
特に当時の読者を驚かせたのは、漱石の精神状態に関する記述だろう。
精神の不安定なときの漱石の言動は明らかに常軌を逸しており、同居していた家族の苦労はいかばかりだったことか。

とかく「悪妻」呼わりされる鏡子夫人だが、実際家で文学的感性など持ち合わせていない夫人と
極めて聡明・鋭敏な漱石の間に衝突が生じるのは当然過ぎるくらいで
「朝寝坊」「炊事嫌い」といった欠点だけ見れば悪妻かもしれないが、
夫の病気や不安定な精神に耐えながら、門下生の世話をするなど良く支えてきた部分も多く、
漱石の姿ばかりでなく夫人の人間性まで浮かび上がってくる好著だと思う。

「坊ちゃん」「我輩は猫である」などユーモアある作品を書いている漱石だが、妻鏡子の目から見た姿、少々とぼけた会話などが非常に面白く、何度でも読み返したくなる本。「鏡子夫人は悪妻だった」という伝説（？）もあるようだが、果たしてそれはどうなのか・・・。夫が度々起こす神経症の発作を乗り越え、子供たちを育てあげ、長年連れ添ったからには、簡単に「悪妻」とはいえないであろう。

「やっぱり、わたしはお父さま（漱石）が一番いいねぇ」という老いた妻鏡子の言葉に大きく心をうごかされる。そう思わせる夫漱石もさることながら、夫の欠点も含むすべてをいとおしく思う「母のような妻」は、そんじょそこらにいるものではない。

このひと言は、人生の終わりをむかえた女性全てが憧れる言葉ではなかろうか？。 この本は共に日々を過ごした漱石夫人の談を、漱石研究の第一人者である娘婿がまとめたもの。年譜だけでは解り得ない、執筆時の精神状態、健康状態が克明に記されている。漱石の作品の中には、実体験でありそうなところが随所にあり、読者の心を動かしもし、またユーモアはそこかしこに潜んでいる。そんな作品を読むたびに漱石の人となりについて知りたいと思っていた私にとってはうってつけの一冊で、漱石がより身近に感じられた。率直に、そして愛情深く語られた夫人に感謝したい。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/16/4309407315.html">
<title>たけくらべ (河出文庫 現代語訳・樋口一葉【全5巻】)</title>
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<description>「たけくらべ」「やみ夜」「十三夜」「わかれ道」「うもれ木」の現代語訳版が収められています。「樋口一葉の作品は読みづらい」「途中で投げ出してしまった」などという人も多かったので、現代語で出されたのは良...</description>
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「たけくらべ」「やみ夜」「十三夜」「わかれ道」「うもれ木」の現代語訳版が収められています。「樋口一葉の作品は読みづらい」「途中で投げ出してしまった」などという人も多かったので、現代語で出されたのは良いことだと思う。「たけくらべ」のみ文体は全く変えずに現代語訳してあるので（訳者の作品に対する思い入れが強いためらしいが）、そこは賛否両論あるかもしれない。樋口一葉を読みたいと思っている人はまずこの現代語訳版を読んでから原文に当たることをお薦めしたい。日本を代表する作家です。
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/17/4003021010.html">
<title>蕪村俳句集 (岩波文庫)</title>
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<item rdf:about="http://44-book.bestbook-search.com/detail/18/4062751380.html">
<title>タイムスリップ森鴎外 (講談社文庫)</title>
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<dc:date>2008-11-18T02:25:16+09:00</dc:date>
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<description>テンポよく話が進むので読みやすいです。
私としては、鴎外が現代の生活になじんでいく
序盤から中盤が特に面白いと思います。『タイムスリップ森鴎外』です。
命を狙われている1922年の森鴎外が、2002...</description>
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テンポよく話が進むので読みやすいです。
私としては、鴎外が現代の生活になじんでいく
序盤から中盤が特に面白いと思います。『タイムスリップ森鴎外』です。
命を狙われている1922年の森鴎外が、2002年の渋谷にタイムスリップして来る、という話です。そこで女子高生と知り合って……
鴎外は現代に馴染み、自分の命を狙っている者の正体を推理します。

ノリとテンポで読む作品です。鴎外も現代に馴染んで、現代語を使って話しています。鴎外作品にあるようなきっちりした格調を求めても……求める人はいないと思いますが。
文学史の謎、真相は、確かに意外性はありましたが、全体としてこじつけやご都合主義が多いとは感じました。仲間に文学やミステリーに詳しい者がいたり、犯人の正体を含むラストの展開も。また鴎外が現代にタイムスリップして来た原理も、元の時代に戻る展開についても、納得しにくかったです。
途中、仲間があんなことをしたり、モリリンの部屋にあの人が襲撃したりもありますが、展開のための出来事という感じを受けました。

と、細かいことを言えばいくらでも言えそうですが、あくまでもノリとテンポの作品です。
本格ミステリーとして期待するのではなく、気楽に楽しんで読めば、もちろん面白いです。
期待をもって読むとちょっとつらい作品。

森鴎外が活躍していた大正時代のよもやま話などは
非常に興味深かった。
今まで当時の作家の方が早くお亡くなりになったのは
単純に医療関係等の問題と思っていたので
そういう見方もあるのか」と、そこは面白かったです。

鯨氏はうっかり見逃してきたことや
疑問にも思わなかった出来事に対し
新たな解釈や物語を展開してくれるので
期待せずに読むと面白いと思います。文豪森鴎外が現在の渋谷にタイムスリップ。もっとはちゃめちゃドタバタ劇が展開されるかと思いきや、意外にこじんまりと現代日本に対応していくのが何か不思議な感じである。

森鴎外らしいのは現在の日本語の乱れに敏感であること。マクドナルドでのマニュアル言葉「こちらでお召し上がりですかー」の言葉に窓口で食べられるわけがないと思うところが、森鴎外らしいではないか。邪馬台国はどこですかが大好きだったのですが、これは…でした。ＳＦです。＆無理なこじつけ。どうなんでしょうねぇ。
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<title>夏目漱石―決定版 (新潮文庫 (え-4-2))</title>
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「日本の作家について論じようという時、ぼくらはある種の特別な困難を感じないわけには行かない。西欧の作家達は堅固な土台を持っている。ぼくらはその上に建っている建物のみを、あるいはその建物の陰にいる大工のみを論ずればよい。…これを裏返せば、多くの日本の作家は西欧的な意味での文学を書いていないということを意味する。」この有名な書き出しに続き、著者は漱作の弟子や研究者達により創られていった漱石神話（「則天去私」神話など）を丁寧に検証していく。著者がまづ着目するのは、『文学論』という奇怪な文章に結実するロンドン留学。そこで、漱石が遭遇した「深淵」。これこそ日本では稀有の近代作家夏目漱石を誕生させたエポックだと言う。明治以来、西洋における「近代」の問題を、個の「生」として直面し生きることもなく、ただ西洋文学の形式を上っ面だけ「猿真似」している文壇。その空虚を埋めるが如く「芸術か生活か」といったありもしない問題にふける始末（のちのプロ文や私小説も同じ）。それらとは無縁なところで、漱石が孤独に遭遇した深淵こそ、彼を「最初の人」としたというわけだ（のち講演で江藤は、鴎外を「最後の人」、漱石を「最初の人」と述べている「鴎外と漱石」昭和４１年）。本稿発表は著者が昭和３１年、若干二十三歳、慶大文学部在学中（早老ですよ）。著者については、よく後年の保守論客への転換が云々される。が、すでに本作で漱石に共振しながら、陰画の様に語られる著者自陣の自画像のうちに、「深淵」への直面と、公との問題が内包されていると思える。尚、江藤の生い立ちや思想については、小熊英二が『民主と愛国』で一章を割き論じている。簡潔に纏まっておりお勧めできる。普段、夏目漱石などの名作と言われる文学作品を読むことがあってもなかなか、批評家の文章を味わう機会が少ないと思います。本作は、江藤淳氏が若い頃、発表された大作であります。本著を通じ、普段、なかなか味わうことができない批評家の視点を感じとりたいものであります。著者２３歳発表の画期的論文以来二十年の漱石観をまとめて見渡せる一冊。「漱石の位置について」「晩年の漱石」、そしてそのほかの小論という三部構成。少なくとも「こころ」は十回は読んでいる、という著者だけにその作品の読みこみには深く、微に入り細にわたっており、漱石文学案内としても読むことができます。しかしその思索は熱く激しく、わたしには少々オーバーヒートの印象を受けました…漱石よりも著者江藤淳の人物像になぜか興味がわいてしまうのです。
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<title>芥川龍之介全集〈3〉 (ちくま文庫)</title>
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<description>大正期における日本のキリスト教受容の様子がよく分かる
「きりしとほろ上人伝」、
映画にもなった有名な｢南京の基督」、
教科書によく登場するハートフルな「蜜柑」（みかん）、
個人的に大好きな「舞踏会｣...</description>
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大正期における日本のキリスト教受容の様子がよく分かる
「きりしとほろ上人伝」、
映画にもなった有名な｢南京の基督」、
教科書によく登場するハートフルな「蜜柑」（みかん）、
個人的に大好きな「舞踏会｣等、いい短編が収録されています。 わずか６頁の短編である。                         ゛
 ある曇った日暮れ、「私」は疲労と倦怠感を覚えながら、二等客車に乗って、発車を待っていた。発車間際に、１３、４の小娘が一人慌ただしく中へ入ってきた。彼女の服装が不潔なのが不快だった。一切がくだらなくなって、よみかけた夕刊を抛り出して、窓枠に頭をたせながせら、死んだように窓枠にもたれ、うつらうつらし始めた。
 しばらくすると、彼女は私に頓着する様子もなく、窓から外へ首を伸ばしていた。汽車がトンネルを抜けると、踏切の柵の向こうに頬の赤い３人の男の子が並んで立っているのを見た。半身を乗り出していた娘はその子供たちに向かって持っていた蜜柑を五つ六つ投げてやった。私は思わず息を呑んだ。そうして、刹那に一切を了解した。 
  その説明は不要であろうが、作者は念を押すように「恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである」の一文を添えている。
 私は得体の知れない朗らかな心持ちになる。これがこの短編の快さでもある。初めの「倦怠と疲労」感を、最後にはわずかな間でも忘れることができた心地よさを述べている。
 芥川の憂鬱がこういう小景で快癒されはしなかったはずであるが、ふと車中で見た小景に材を得て、「束の間の癒し」の好短編に仕上げた才はさすがである（雅）【蜜柑】では芥川の、人生に対する陰鬱な気持ちを一瞬だけ忘れることができたという場面が出てきます。それは横須賀線で出会った少女の一連の動向に、感情を揺さぶられた後に到達するのですが、それらは少女の躍動感ある描写と、芥川の気持ちの推移が同じく展開され、最後は読んでいるこちらも、パッと明るい気持ちにさせてもらえます。【秋】では妹に愛する男を譲った姉の話です。芥川といえばあまり恋愛を題材にしていないと思うのですが、女性の愛情、嫉妬、諦念などを描写しており、当時の世相を考えると、この姉の気持ちがすごく理解できるなと、感心してしまいます。全体的には、今の世の中の恋愛事情からはあり得ない展開だと思えるのですがそれでも、昔は良かったのかなと思わせる美しさがあり、芥川の文学性を感じることができます。【南京の基督】では、かつて洗礼を受けた中国の１５歳のクリスチャンの売春婦が基督に会い、病気が治るという物語です。実際少女が会ったのは、風貌が基督に似ただけの客であるのですが、'信じるものは救われる'という案外普通のストーリーを少女の不遇な境遇から、そう言う事があっても良いなと思わせてくれる芥川の力量を感じさせられます。また、基督絡みでは奇怪な結末や、幸せとは言えない結末の多い芥川の作品の中で珍しく救いのある最後のような気がします。
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